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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)4173号 判決

甲事件原告兼乙事件被告

京力正明

甲事件原告

石川隆作

右両名訴訟代理人弁護士

水嶋晃

町田正男

林千春

西澤圭助

永見寿実

寺崎昭義

武田博孝

水永誠二

甲事件被告兼乙事件原告

東海旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

葛西敬之

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

後藤武夫

加藤茂

中町誠

中山慈夫

(本件では、以下、甲事件原告兼乙事件被告及び甲事件原告をいずれも単に「原告」といい、甲事件被告兼乙事件原告を単に「被告」という。)

主文

一  原告らの本件訴えのうち、本判決確定後の賃金の支払を求める部分をいずれも却下する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告京力正明は、被告に対し、別紙〈略〉物件目録記載の建物を明け渡せ。

四  原告京力正明は、被告に対し、五六万〇八四四円及びこれに対する平成一〇年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告京力正明は、被告に対し、平成一〇年九月一日から第三項の建物の明渡し済みまで一か月九七二〇円の割合による金員を支払え。

六  被告のその余の請求を棄却する。

七  訴訟費用は、甲、乙事件とも、全部原告らの負担とする。

八  この判決は、第四及び第五項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

1  原告らがそれぞれ被告との雇用契約上の地位を有することを確認する。

2  被告は、原告京力正明に対し、平成五年九月一一日以降、毎月二五日限り、一か月三四万〇二七四円の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告石川隆作に対し、平成五年九月一一日以降、毎月二五日限り、一か月三一万七四八六円の割合による金員を支払え。

二  乙事件

1  主文第三項同旨

2  原告京力正明は、被告に対し、三四六万二〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告京力正明は、被告に対し、平成一〇年九月一月から第1項の建物の明渡し済みまで一か月六万円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

甲事件は、被告の従業員であった原告らが、被告のした懲戒解雇の効力を争い、従業員たる地位の確認及び賃金の支払を求めた事案であり、乙事件は、被告が、原告京力正明に対し、懲戒解雇によって従業員たる地位を失ったことによる契約終了に基づく社宅の明渡し及び社宅の不法占拠による賃料相当損害金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

1  当事者等

(一) 被告

被告は、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)が分割民営化された際、東海地方を中心として、東海道新幹線を始めとする旅客鉄道事業等を目的として設立された株式会社であり、資本金は一一二〇億円、従業員数は約二万二八〇〇人である。被告は、名古屋市中村区名駅一丁目一番四号に本店を置く他、名古屋市に東海鉄道事業本部、東京都に新幹線鉄道事業本部、静岡市、大阪市に支社、津市、長野県飯田市に支店を置いている。

被告は、大阪府摂津市安威川南二丁目三〇番地に、被告の新幹線鉄道事業本部関西支社(以下「関西支社」という。)の管轄に属する、大阪第一車両所、大阪第二車両所とともに大阪第三車両所(以下「大三両」という。)を設置しており、右施設全体は、「鳥飼基地」と通称されている。大三両は新幹線車両の検査、修理を担当する部門であり、従業員数は、平成五年二月一日現在で三一九名である。

(二) 原告ら

(1) 原告京力正明(以下「原告京力」という。)は、被告から懲戒解雇の意思表示を受けた平成五年九月一〇日当時、被告の従業員であり、大阪第三車両所車両技術係(二級)の所属職名で、大三両に勤務しており、四等級九四号俸の基本給二九万五五〇〇円のほか、各種手当てを含め、本件解雇前三か月間で、月額平均三三万〇五四二円の賃金を、毎月二五日に支給された(ただし、原告京力は同年八月分の基本給及び都市手当の賃金カットの効力を争い、本来の賃金額として三四万〇二七四円と主張する。)。

原告京力は、平成五年九月当時、ジェイアール東海労働組合(以下「JR東海労」もしくは単に「組合」という。また、単に組合員というときは、JR東海労の組合員をいう。)の組合員であり、同新幹線地方本部(以下「JR東海労新幹線地本」という。)大阪第三車両所分会(以下「大三両分会」という。)に所属し、同分会書記長の役職にあった。

(2) 原告石川は、被告から懲戒解雇の意思表示を受けた平成五年九月一〇日当時、被告の従業員であり、大阪第三車両所車両技術係(一級)の所属職名で、大三両に勤務しており、五等級五九号俸の基本給二六万〇一〇〇円のほか、各種手当てを含め、本件解雇前三か月間で、月額平均三一万六二三六円の賃金を、毎月二五日に支給された(ただし、原告石川は同年八月分の基本給及び都市手当の賃金カットの効力を争い、本来の賃金額として三一万七四八六円と主張する。)。

原告石川は、平成五年九月当時、JR東海労の組合員であり、大三両分会に所属し、副分会長の役職にあった。

(三) JR東海労

(1) 被告には、JR東海労、東海旅客鉄道労働組合(以下「JR東海ユニオン」という。)、国鉄労働組合(以下「国労」という。)など、複数の労働組合が並存している。

(2) 旧国鉄には、国鉄動力車労働組合、鉄道労働組合、全国鉄動力車労働組合等の労働組合が並存していたが、国鉄の分割・民営化の過程で、国鉄動力車労働組合、鉄道労働組合などは国鉄改革労働組合協議会を経て、全日本鉄道労働組合総連合会(後にJR総連と改称。)を結成し、これに伴い、設立予定の被告のもとにおいても、東海国鉄改革労働組合協議会を経て、昭和六二年三月七日、東海鉄道労連が、同年九月一三日には東海旅客鉄道労働組合(後述の組織統一によってJR東海ユニオンとなる前のものであり、以下「JR東海労組」という。)が結成された。

その後、JR東海労組内の動力車乗務員を中心としたJR総連派組合員らは、JR東海労組を脱退し、平成三年八月一一日、JR東海労を結成し、JR東海労は、同月一九日付の書面で右結成を被告に通知した。

JR総連派組合員らが脱退した後、JR東海労組は、JR総連から脱退し、旧国労主流派といわれる組合員らが結成した東海鉄道産業労働組合と組織統一し、JR東海ユニオンが結成された。

2  JR東海労と被告との関係

(一) JR東海労は、被告が同労組所属組合員らに対して脱退慫慂、不利益取扱い等の不当労働行為を行ったとして、平成五年三月一八日以前から静岡県や東京都の各地方労働委員会に対して被告を相手方とする不当労働行為救済申立てを行ったが、その中にはJR東海労の申立てを理由あるものとして救済命令が出されたものもあった。

(二) 被告は、平成四年三月から営業運転を開始した「のぞみ」号に使用する三〇〇系の車両の台車検査訓練につき、勤務時間外での訓練を拒否したJR東海労所属組合員ら四名に対して同年一二月一日に戒告等の懲戒処分をしたことから、右四名は、平成五年三月一七日、大阪地方裁判所に対し、右処分の無効確認の訴えを提起した(大阪地方裁判所平成五年(ワ)第二四二〇号)。大阪地方裁判所は、平成一〇年三月二五日、右四名の請求をいずれも棄却する判決を言い渡した(〈証拠略〉)。その後、右四名は控訴したが(大阪高等裁判所平成一〇年(ネ)第一四六二号)、大阪高等裁判所は、平成一一年九月一七日、右控訴を棄却する判決を言い渡し、同年一〇月五日の経過により、右判決が確定した(〈証拠略〉)。

(三) JR東海労は、「のぞみ」号がバラストはね上げ事故を起こしたこと(平成五年四月四日岐阜羽島駅、同月三〇日豊橋駅)に対する対処をめぐって、平成五年五月二一日から同年九月一四日にかけて「のぞみ」減速闘争を展開した。被告は、JR東海労が「のぞみ」号に乗務する組合員を減速闘争対象者として指名すると、当該組合員の乗務を債務の本旨に従わないものとして受領を拒絶するとともに、当該組合員に次の就労地(東京、新大阪間)まで自費で移動させるという対応を採った。

被告大阪運転所に所属する従業員で、JR東海労所属組合員である竹本真一は、右減速闘争期間中、「のぞみ」号の乗務を拒否され、その際、車発機を持ち帰ったこと等を理由として大阪第一車両所に配転命令を受けた。これに対し、竹本真一は、大阪地方裁判所に対し、配転命令効力停止の仮処分を申し立て(大阪地方裁判所平成五年(ヨ)第二七〇七号)、配転命令が無効である旨の決定がなされ、右事件の異議審も右決定を認可した(大阪地方裁判所平成七年(モ)第五〇二三一号)。

3  争議行為等

(一) JR東海労は、被告に対し、労働協約である「基本協約」に基づき、平成五年三月五日付JR東海労闘申第九号(〈証拠略〉)、同月一二日付JR東海労闘申第一〇号(〈証拠略〉)により、賃金の引き上げ、ダイヤ改正の問題、安全対策の確立、JR東海労の組合員らに対する処分(前述)の撤回などを目的とする拠点ストライキ及び指名ストライキを行う旨の通知をした。右通知によれば、大三両は、同年三月一八日始業時(午前八時三五分)から終業時(午後六時三五分)まで、総務関係組合員を除く全一日拠点ストライキに指定されていた。

(二) 被告とJR東海労との間で締結されている基本協約二六一条本文には、「争議行為中、当該争議行為に関係する組合員は、会社の施設、構内、車両への立ち入り及び物品の使用をすることはできない。」旨規定されている(〈証拠略〉)。

4  原告ら両名に対する懲戒解雇

(一) 被告の就業規則(〈証拠略〉)には、次の定めがある。

二二条一項 社員は、会社が許可した 場合のほか、会社施設内において、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配付その他これに類する行為をしてはならない。

二三条 社員は、会社が許可した場合のほか、勤務時間中に又は会社施設内で、組合活動を行ってはならない。

一四〇条 社員が次の各号の一に該当する行為を行った場合は、懲戒する。

(1) 法令、会社の諸規程等に違反した場合

(11) 他人を教唆煽動して、上記の各号に掲げる行為をさせた場合

(12) その他著しく不都合な行為を行った場合

一四一条一項 懲戒の種類は次のとおりとする。

(1) 懲戒解雇 予告期間を設けず、即時解雇する。

(2) 諭旨解雇 予告期間を設けず、即時解雇する。

(3) 出勤停止 三〇日以内の期間を定めて出勤を停止し、将来を戒める。

(4) 減給 賃金の一部を減じ、将来を戒める。

(5) 戒告 厳重に注意し、将来を戒める。

(二) 被告は、原告らに対し、平成五年九月一〇日、以下の理由で就業規則一四一条一号により、即時、懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。なお、被告は、右同日、原告ら以外の従業員に対しても、後記平成五年三月一八日の行動に参加したこと等を理由として、出勤停止七名、戒告二名の懲戒処分を行った。

(1) 原告京力

平成五年三月一八日、多数の者を指導し、管理者の制止を無視して「鳥飼車両基地」に乱入し、管理者等に対し暴行・暴言等をなさしめるとともに、自らも管理者に対して暴行・暴言等を働き、職場秩序を紊乱したことは、社員として著しく不都合である。

右事実は、就業規則一四〇条一号、一一号及び一二号に該当する。

(2) 原告石川

平成五年三月一八日、管理者の制止を無視して「鳥飼車両基地」に乱入し、管理者等に対し度重なる暴行を働くとともに暴言を吐くなどし、職場秩序を紊乱したことは、社員として著しく不都合である。

右事実は、就業規則一四〇条一号及び一二号に該当する。

5  社宅の貸与

(一) 被告は、原告京力に対し、平成三年一二月六日、厚生規程(平成二年一〇月一日社達第三三号)等の諸規程に基づき、(1)ないし(3)の条件で、別紙物件目録記載の建物(以下、「本件社宅」という。)の利用を許可し、原告京力は同月二五日に居住を開始した。

(1) 居住期間は、原則として満五〇歳に到達した日の属する月の末日までとする。

(2) 原告京力が被告の社員等でなくなった場合には、六〇日以内に本件社宅を明け渡さなければならない(利用取扱細則九条一号)。

(3) 原告京力は、被告に対し、毎月末日限り一か月九七二〇円の使用料金を支払う。

(二) 原告京力は、被告に対し、平成四年七月七日、本件社宅に居住中は関係諸規程に従うとともに、社宅明渡しの事由が生じたときは、規定の期間(六〇日)以内又は指定された日までに明け渡す旨約した。

(三) 被告は、原告に対し、本件解雇の意思表示をした日である平成五年九月一〇日、本件社宅を六〇日以内に明け渡すよう口頭にて催告をするとともに、その後も再三にわたり右同様の催告をしたが、原告京力は、現在も本件社宅を明け渡さない。

二  争点

1  懲戒解雇事由の有無

(一) 原告らが被告の施設管理権を侵害したか否か

(二) 原告らによる暴行・暴言等が認められるか否か

2  本件解雇に次の無効事由が存在するか否か

(一) 懲戒権の濫用

(二) 不当労働行為

(三) 適正手続違反

3  本件社宅の不法占拠による損害額

三  争点に関する当事者の主張〈略〉

第三争点等に対する当裁判所の判断

一  訴えの利益について

原告らは、本件訴えにおいて、被告に対して、従業員たる地位の確認を求めるとともに、将来の賃金を請求するところ、右将来の賃金の請求のうち、本判決確定後に履行期が到来するものについては、原告らの労務提供の有無、程度等、賃金支払の前提となる諸事情が確定しないから、これらを現時点で請求することはできないものというべく、訴えの利益を欠くものとしていずれも却下することとする。

二  争点1(一)及び同(二)について

1  (証拠・人証略)及び弁論の全趣旨に前提事実を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 大三両においては、平成五年三月一八日に始業時(午前八時三五分)から終業時(午後六時三五分)までのJR東海労による全一日拠点ストライキ(総務関係を除く。)が予定されていた。

平成四年三月の春闘において、同年三月三一日及び四月一日の両日の拠点ストライキに指定されていた被告大阪運転所に、同年三月三一日午後五時ころにJR東海労の組合員ら約六〇名が入構するという出来事があったため、被告は、平成五年三月のストライキにおいても同様の事態を予想してストライキに参加する組合員らを入構させない方針を立て、車両課長五十嵐を班長とし、三浦所長及び大橋代理らを副班長とするストライキ対策班(さらにそのもとに警戒班)を設置し、同月一八日も有岡科長をはじめとする警戒員を鳥飼基地(東門付近の平面図は、概ね別紙「鳥飼車両基地平面図〔東門付近〕のとおりである。)に待機させていた。入構車両、入構者の確認、許可は、普段は門扉を全て開放し、守衛が行っていたが、有岡科長は、午前六時三〇分ころ、普段は全て開けている東門の扉を車一台分だけ開け、入構する者の社員証、車両の入門証を提示させ、氏名及び所属を確認し、業務で入構が必要な者のみ入構を許可していた。

同日午前七時前ころ、中﨑分会長を乗せた宮内の運転する車(白いバン)を先頭に、組合員らは七、八台の車を連ねて鳥飼基地の東門から入構しようとした。

中﨑分会長を乗せた先頭車が車一台分だけ扉が開いていた東門から入構しようとしたところ、守衛室に待機していた有岡科長は、右先頭車の前面において、「だめだ、ストップ、ストップ。」と大きな声で停車させ、入構を阻止した。先頭車の停止後、助手席から中﨑分会長が降り、有岡科長らに対し、「どけよ。邪魔じゃないか。」と怒鳴りながら入構させるよう迫ったが、有岡科長は、組合員らが同日ストライキを予定しており、業務に無関係であることを理由に入構を拒否した。これに対し、中﨑分会長は、「どうして入れてくれない。社員じゃないか。おかしいじゃないか。」等と怒鳴り、他の組合員らも有岡科長を取り囲んだ。有岡科長がなおも入構を許可しなかったところ、原告石川を含む組合員らは、「危ないからどけ。」等と怒鳴って、先頭車の進行方向を塞いでいた有岡科長ら警戒員を排除しようとし、先頭車が少しずつ前進して入構しようとした。このため、有岡科長らは守衛室の反対の方向(北側)へ押しやられ、先頭車の進路から排除された。組合員らは右の間に乗っていた車のクラクションを鳴らし続け、鳥飼基地の東門付近は喧騒に包まれていた。先頭車が入構すると、組合員である笹田伸治らが車一台分しか開いていなかった東門の門扉を開放し、組合員らの運転する後続車両も次々と鳥飼基地に入構した。最終的には、東門から入構したかどうか明らかでない者も含め、大三両分会員二九名を含む、三〇名以上の組合員らが鳥飼基地に入構した。

(二) 同日午前七時四分ころ、当日車で出勤してきた別府助役は、東門から入構し、車を北側金網フェンス付近に駐車したところ、原告京力を含む組合員らに車の前方及び運転席側側方を取り囲まれたため、一度バックで駐車するために開けたドアを再び閉じた。原告京力は、別府助役のいる運転席の横に立ち、「別府助役、あんたを待ってたんだ。話があるから車から降りたらどうだ。」と声を掛けた。別府助役が勤務に就くために車から降りたところ、原告京力は、腕を組んだまま身体を別府助役に寄せ、別府助役を車に押しつけ、「お前よくも不当労働行為をしやがったな。」と怒鳴った。原告京力の右行動に呼応し、他の組合員らも別府助役を取り囲み、同人に罵声を浴びせたり、腕組みをして身体を寄せ、腕や肘で同人の身体を小突いたり、足を踏んだり蹴ったりした。同人は、組合員らに押されて車の前方に移動し、そのまま勤務に就こうとその場を立ち去ろうとしたが、中﨑分会長が、「まだ話が終わってないやんけ。」と言って別府助役の前に立ちはだかった。右現場を見た有岡科長は、組合員らに対し、「別府助役を取り囲むのをやめなさい。」と通告し、大橋代理もハンドマイクを持って「何をしている。離れなさい。直ちに退去しなさい。」と通告したところ、組合員らの集団の一部が大橋代理の方に向かい、別府助役は、大橋代理を取り囲む集団の北側(金網フェンス側)を組合員らに揉まれるように西の方向へ移動し、別紙図面の東電留線ガードレール(以下「ガードレール」という。)付近で引き続き組合員らに取り囲まれ、組合員らから罵声を浴びせられた。

その後、原告京力が別府助役の前に現れ、再び同人に身体を寄せて同人をガードレールに押しつけ、「あんたと大橋さんがやったんやろ。郷に聞いてるんや。そこまで来てるんやで。何なら連れてこうか。」「自信持ってやってるの。郷に顔向けできるの。」等と言い、別府助役が郷に対してJR東海労を脱退するように慫慂するという不当労働行為を行ったのではないかと同人を追及した。別府助役は、右追及の間、身動きが取れなかった。田中科長及び片山助役が別府助役を救出するためにガードレール付近に来たため、別府助役を取り囲んでいた組合員らの集団は田中科長及び片山助役の方に向かった。

有岡科長は、午前七時一五分ころ、組合員らの囲みが崩れたところで別府助役を救出したが、別府助役は、組合員らによる一連の暴行によって右大腿・下腿打撲(全治三日)の傷害を負った。

(三) 大橋代理は、当日の警戒班の責任者であり、鳥飼基地内に入構した組合員らを退去させるため、午前七時七分ころ、別府助役を取り囲んだ集団に対し、被告所有のハンドマイクで「何をしている。離れなさい。直ちに退去しなさい。」と通告しながら近づいたが、原告らを含む組合員ら十数名が大橋代理を取り囲み、原告京力において「不当労働行為を行った張本人。」と怒鳴るなどして暴言を浴びせ、午前七時八分ころ、原告石川において、大橋代理の前面に立ち、右手で同人の背広の左襟を掴み、押し上げる暴行を加えた。大橋代理は、退去通告に用いていたハンドマイクを柳楽に奪われ、柳楽は右ハンドマイクで大橋代理に向かって罵声を浴びせ、「みんな大橋さんがやらせたんでしょう。不当労働行為を。酒臭い。酒気帯び出勤してるの。」等と言ったりした。大橋代理は、引き続き組合員らに取り囲まれ、康乗にネクタイを掴まれたまま、金網フェンス付近まで移動した。金網フェンスを背にして身動きできなくなった大橋代理に対し、原告石川は「てめえ、この野郎。」等と言い、大橋代理のネクタイを鷲掴みにして強く引っ張り、福山及び柳楽らも暴言を浴びせた。組合員らの一連の暴行によって大橋代理が背広の胸ポケットに着用していたプラスチック製の氏名札にひびが入った。

原告京力は、午前七時九分ころ、金網フェンス付近で組合員らの集団に取り囲まれていた大橋代理を救出しに行った加藤代理に掴みかかり、右救出を妨害した。

その後、大橋代理は、組合員らが手を緩めた隙に東門方向へジグザグに退避したが、退避途中に原告京力が近くにいたため、同人に対し、「早急に退去しなさい。」と通告した。原告京力は、「まだストに入っていない。何で出る必要があるんや。お前こそ出ていけ。」と怒鳴り、他の組合員らも、「今に見ていやがれ。覚悟しとけよ。」「いつも出しゃばりやがって、お前こそ出ていけ。」等と大声で叫んだ。

大橋代理は、午前七時一〇分ころ、東門から鳥飼基地構外に退避したが、原告石川を含む組合員ら七ないし八名が大橋代理に詰め寄り、「貴様、よくやってくれたな。覚悟しとけよ。」「どうなるか分かっとんやろうな。」等と暴言を吐き、原告石川、福山及び康乗の三名は、大橋代理を鉄柵扉の所に追いつめ、原告石川が「向こうまで顔を貸せ。」と言いながら、大橋代理の背広の左襟を右手で掴み、引っ張ったため、大橋代理は、引っ張られまいとして右手で鉄柵扉を掴み、「何を言ってるんだ。向こうへ行って何をする気か。」と言うと、原告石川は、「上等じゃねえか。川で泳がせてやる。お前は生意気なんだよ。いつも出しゃばりやがって。」と怒鳴った。他方、柳楽も、大橋代理から奪ったハンドマイクで「大橋代理は酒を飲んで勤務しております。」「JR東海関西支社の大橋代理は、本日酒を飲んで出勤しております。不当労働行為をやりました。」と怒鳴った。

大橋代理は、午前七時一八分ころ、再度構内に入り、「平成五年三月一八日退去通告 許可なく当施設内に立ち入った行為は、正常な業務を妨害する不法行為となり得る。直ちに退去することを命ずる。東海旅客鉄道株式会社関西支社大阪第一車両所長」と記載された被告所有のプラカードを頭上に掲げ、退去通告を行ったが、原告石川が退去通告をする大橋代理に気付き、「何やっとんのや、おめえは。分かっとんのか、こら。」と怒鳴りながら同人に詰め寄り、同人の背後からプラカードを持つ手を強く押し下げた。同人は必死にプラカードを支え、放そうとしなかったが、原告石川は、プラカードを持つ大橋代理の右手人差し指の付け根付近に爪を立てたため、同人が痛さのあまりプラカードを下げたところを、同人の前方からプラカードに飛びつこうとしていた小林がプラカードのベニヤ板部分(厚さ約五ミリメートル)を引き剥がし、膝に打ち付けて二つに割って破壊し、地面に投げ付けた。大橋代理は、原告石川による右暴行等によって、右前腕擦過傷、右第二指擦過傷(全治五日)の傷害を負った。

その後、午前七時一九分ころ、大橋代理が破損したプラカードのベニヤ板の一片を拾い上げ、再度組合員らに対して退去通告を行ったところ、原告石川は、「まだそんなことやっとんのか。いい加減にせえよ。」と怒鳴り、退去通告を無視して、大橋代理から右一片を奪い取ろうとした。また、原告京力は、右退去通告に対し、「何で出ないとだめなのー。」と三回繰り返した。また、午前七時二〇分ころ、小林がプラカードのもう一片を土足で踏みつけ、それを見た組合員らから大きな拍手と喚声が起こった。

(四) 片山助役は、午前七時一五分ころ、組合員らに取り囲まれた別府助役を救出するため、同人を取り囲む組合員らの集団に入ろうとし、田中科長も片山助役の左側で集団に入ろうとしたが、集団の一部が田中科長を集団の中に入れさせまいとして同人を取り囲み、集団の外に押し出した。片山助役は、このままでは田中科長も別府助役のように吊し上げられると思い、田中科長の方へ近づこうとしたが、組合員らに阻止され、別府助役を取り囲む集団の北東へ移動した。片山助役は、中﨑分会長、原告石川らに取り囲まれ、まず中﨑分会長らから「片山、お前は関係ない。」と怒鳴られて左肩を強く押され、正面にいた原告石川から左胸上部付近を四、五回以上両手で強く押され、倒れないように踏ん張っていたが、誰かに左肩を激しく突かれたため、踏ん張りきれなくなり、バランスを崩した。その時、組合員らによる囲みが解けたため、顔が北側にある金網フェンス方向に向いた状態で南側の体育館の方向に仰向けに倒れた。片山助役は、立ち上がったが、再度左肩を強く突き飛ばされたため、再び同じような状態で倒れ、小林も倒れたため、片山助役の背中と小林の胸が重なる体勢に倒れ込んだ。右転倒で片山助役は右肘を地面に打ち付け、右前腕打撲により全治三日間の傷害を負った。

(五) 田中科長は、組合員らに囲まれていた別府助役の救出に向かっていたが、組合員らの集団に囲まれ、午前七時一五分ころ、組合員らの集団から脱出しようとしたとき、組合員である山本真治(以下「山本」という。)から左脇肋骨あたりを何度も肘打ちされ、原告京力からも上着の左襟部分を右手で掴まれ前後に強く揺さぶられ、身動きが取れなくなった。原告京力は、さらに上着の左襟部分を引っ張りながら、田中科長に、「あんたが一番悪いんやで。」と怒鳴った。田中科長は、組合員らの集団から抜け出したが、組合員らによる右一連の暴行から、左季肋部打撲による全治三日間の傷害を負った。

(六) 午前七時二〇分ころ、東門の西付近に現れた三浦所長に対し、組合員から「所長がいるぞ。」という声が上がり、十数名の組合員らが三浦所長の方へ向かった。三浦所長は庁舎に戻ろうとして西の方へ移動したが、守衛室西側に駐車してあった大型バスの北側で組合員らに取り囲まれ、身動きが取れなくなった。三浦所長は、午前七時二二分ころ、組合員らから腕組みして詰め寄られ、右足のくるぶし当たりを踏まれたため、「痛い。痛い。」と叫び、組合員らの集団から抜け出ようとしたが、原告石川からベルトを引っ張られて抜け出ることができず、「石川だな。手を放しなさい。」と言った。原告京力は、逃げようとする三浦所長に対し、「話があるから聞いてくれ。」等と怒鳴り、組合員も「所長、ガキじゃないねんから逃げるなよ。」と怒鳴った。

その後、有岡科長及び大橋代理が三浦所長を取り囲む集団に対して何度も退去通告し、三浦所長は囲みが緩くなったときに脱出した。

(七) 原告京力は、午前七時二五分ころ、集約集会をやるので体育館前に集まるように組合員らに指示し、大橋代理による退去通告にもかかわらず、「何で出る必要があるんや。」と言って右通告を無視した。原告京力の指示を受けた組合員らは、体育館前駐車場に集合したところ、大橋代理は小林によって破壊されたものとは別のプラカードで再度退去通告を行ったが、組合員らは右通告を無視し、無断で集約集会を行った。右集会では、中﨑分会長が演説を行い、集会終了後の午前七時三五分ころ、組合員らは、解散し、車に分乗して鳥飼基地から立ち去った。

2(一)  ところで、被告は、原告ら組合員らがストライキ直前に鳥飼基地に入構し、管理者に暴行暴言を加えた行為は、ストライキの前日に、原告京力ほか大三両分会三役が共謀してなした組織的、計画的行為であると主張し、これに対し、原告らは、当日の行動は、JR東海労中央闘争委員会が分会を直接指導するというストライキ実施前における特別な指導体制のもとに計画、実施されたもので原告らは計画に関与していない旨主張するので、検討するに、組合において、JR東海労中央闘争委員会が分会を直接指導するという特別な指導体制をとっていたことは否定できないものの、分会三役が当日の組合の取組みに全く関与していないということは考えられないところである。いずれにしても、組合がストライキの開始前に鳥飼基地に入構して管理職らに対する抗議行動を行うことを決め、原告ら組合員らがこれに賛同して、当日の行動を行ったことは、(証拠略)から明白である。ただし、事前に、被告の管理職に対して暴言、暴行を行うことまで共謀したとまで認める証拠はない。

(二)  なお、原告らは、組合員らの鳥飼基地への入構は有岡科長の許可を得た旨主張し、(証拠略)にも右主張に沿う部分がある。

しかしながら、前記認定のとおり、被告においては、組合員らを入構させない方針を立て、これを阻止するための態勢を敷いていたのであって、有岡科長が右の方針に反して組合員らの入構を許可することは考えられないところであり、(証拠略)によっても、原告らの鳥飼基地入構が、原告らが主張するような平穏な態様のものでなかったことは明らかであり、右主張事実はこれを認めることができない。

(三)  原告らは、別府助役に対する暴行を否定するが、(証拠略)には、別府助役が多数の組合員らに取り囲まれて抗議を受けている状況が撮さ(ママ)れており、その際、組合員らに腕や肘で小突かれるという暴行を受けたとの(証拠略)の記述は大筋これに沿うもので信用できるというべきである。

(四)  原告らは、大橋代理に対する暴行についても否認するところであるが、(証拠略)によれば、大橋代理が組合員らに取り囲まれた中で、腕を激しく動かして組合員らともみ合うような動作をしたり、速い速度で移動し、同時に組合員らから罵声が飛んだりしていることが認められるところ、(証拠略)と総合して判断すれば、右状況は大橋代理が組合員らに暴行を受け、これを避けようとしたことによるものと認められる。原告らは、これらの大橋代理の動作を、同人が酒臭さを指摘されてこれを隠すために激しく動いたと述べ、あるいは記述するが、ためにする無理な説明というべきである。

(五)  原告らは、三浦所長に対する暴行についても否認するところ、(証拠略)によれば、三浦所長が、組合員らに囲まれ、痛い痛いと叫んでいることが認められ、証人三浦の供述態度からは同証人が原告らに反感を持っていることが看取されるものの、右各号証に撮さ(ママ)れた言動が演技とまではいえないから、右状況についてくるぶしあたりを踏まれたという証人三浦の供述は信用してよい。

(六)  原告らは、証人三浦、同有岡、大橋(〈証拠略〉)、別府(〈証拠略〉)の供述ないし記述の信用性に疑問を呈するところ、確かに、原告らや組合に対する敵意を看取できないではなく、また、その供述ないし記述には取り囲んだ組合員らの人数等において誇張しているといえる部分がないではないが、これらは大筋においては、(証拠略)に撮影されたところと符合し、むしろ、原告らの供述においてこそ、撮影された映像の無理な解釈が認められるのであって、その主張を採用することはできないというべきである。

3  右で認定した事実及び前提事実をもとに原告らの懲戒事由の有無を判断する。

(一) 施設管理権の侵害の有無

一般に、企業は、これを構成する人的要素及びその所有、管理する物的施設の両者を統合し、合理的、合目的的に配備組織するための企業秩序定立・維持権限を有し、その一環として、職場環境を適正良好に保持し、規律ある業務の運営態勢を確保するため、一般的規則又は具体的指示、命令によってその物的施設の使用を禁止又は制限する権限(施設管理権)を有するところ、企業の従業員は、雇用契約の趣旨に従って労務を提供するために必要な範囲で、かつ、企業秩序に服する態様において右物的施設の利用を予め許容されているものの、これを超えて、当然に企業の物的施設を利用する権限を有するものでないと解される。そして、これは、労働組合又はその組合員が組合活動をする場合も同様であり、労働組合又はその組合員が企業の許諾を得ることなく右物的施設を利用して組合活動を行うことは、その使用を許さないことが権利の濫用にあたる場合を除いては、企業の施設管理権を侵し、企業秩序を乱すものであり、正当な組合活動ということはできない。

被告は、JR東海労との間で、「争議行為中、当該争議行為に関係する組合員は、会社の施設、構内、車両への立入及び物品の使用をすることができない。」という内容の労働協約を締結しており(基本協約二六一条)、就業規則においても、「社員は、会社が許可した場合のほか、会社施設内において、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為をしてはならない。」(二二条一項)、「社員は、会社が許可した場合のほか、勤務時間中に又は会社施設内で、組合活動を行ってはならない。」(二三条)と定め、社員が会社の諸規程等に違反した場合には、懲戒する旨定めている(一四〇条)。そして、被告は、前年度の春闘においてJR東海労がストライキに指定されていた日時場所において多数の組合員を入構させたことから、右基本協約及び就業規則に基づき、平成五年三月一八日の午前八時三五分から鳥飼基地において予定されていたJR東海労による大三両のストライキに備え、当日の業務に無関係な従業員を鳥飼基地内に入構させない措置をとり、入構してきたJR東海労の組合員に対して再三に亘って鳥飼基地からの退去命令をしたのであるが、これらは、施設管理権の正当な行使ということができる。これに対し、原告らJR東海労の組合員らは、警戒員らの制止を実力で排除して鳥飼基地に入構し、被告による右退去通告に従わず、約三〇分間に亘って鳥飼基地に滞留したのであり、これは、右施設管理権を違法に侵害する行為というべきである。

これに関して、原告らは、争議行為中でなければ従業員の会社施設への立入は自由であり、当日の行動は、組合員らに対する処分の無効確認等を求めた事件の訴状を渡し、不当処分の撤回、スト直前(三月一二日)に発覚した郷に対する脱退慫慂等の不当労働行為の中止を申し入れるために所長らに面会を求めるという正当な組合活動(団結権の防衛)の一環として、ストライキ前に、自らの職場に赴いたのであり、入構を阻止される理由がない旨主張するが、鳥飼基地構内を右就業規則にいう会社施設には含まれないと解すべき理由はなく、被告は明示に業務と関係のない原告らの入構を拒否しているし、原告らの入構目的が組合活動を行うことであったとしても、会社施設内における無許可での組合活動は禁じられているのであるから、入構が正当な組合活動の一環であったともいえず、これを拒否した被告の措置が施設管理権を濫用するものとは到底言い難い。

(二) 原告京力について

原告京力は、平成五年三月一八日午前七時ころ、被告が所有、管理する鳥飼基地に、被告の許可なく入構し、被告の再三にわたる退去通告にも関わらず退去せず、約三〇分にわたって鳥飼基地内に滞留し、暴行、暴言については事前共謀の事実までは認められないものの、現場において他の組合員らと共同して別府助役、加藤代理、田中科長、大橋代理、三浦所長ら被告管理者等に対して暴行、暴言を働いたもので、大三両分会三役の分会書記長という立場にあり、別府助役への暴言等においては、組合員らの中で最初に発言をし、組合員らによる一連の暴行、暴言後に集約集会の集合をかけるなど、当日の行動において指導的立場にあったといえるから、被告の主張する懲戒事由(就業規則一四〇条一号、一一号、一二号)が認められる。

これに対し、原告京力は、自分は、書記長であったが、大三両分会において分会長以外の執行委員は権限や任務においてほぼ同等であり、書記長だからといって指導的地位にあるとはいえないと主張し、証人萩原も、ストライキ時には中央闘争委員会が争議の指令権を有して分会までを直接指導し、分会書記長及び副分会長には責任がない旨供述し、(証拠略)にも同旨の記載がある。しかし、証人萩原は、一七日からのストライキにおいては大三両分会でも闘争委員会が置かれ、分会副会長である原告石川が右委員会の副委員長、分会書記長である原告京力も闘争委員であったとも供述するところであるし、前記認定の当日の行動における原告京力の果たした役割を見れば、右主張は採用できない。

(三) 原告石川について

原告石川は、平成五年三月一八日午前七時ころ、鳥飼基地に許可なく入構し、午前七時八分ころ、大橋代理に、その背広の左襟を掴み押し上げ、また、ネクタイを鷲掴みにして引っ張る暴行を働き、「てめえ、この野郎。」等の暴言を加え、七時二〇分ころには「向こうまで顔を貸せ。」「川で泳がせてやる。」等の暴言を吐き、七時一五分ころ、片山助役の左胸上部付近を四、五回以上両手で押す等の暴行を行い、七時一八分ころには、他の組合員一名とともに、プラカードを掲げて退去通告を行っている大橋代理に詰め寄ってプラカードを奪おうとして、大橋代理の手に爪を立てるなどの暴行を加え、三浦所長に対しても「ガキじゃないねんからよう。」等の暴言をなしたもので、大橋代理及び片山助役は、原告石川や原告石川と共同して行われた他の組合員らの暴行によって負傷しており、就業規則に規定する懲戒事由(一四〇条一号、一二号)に該当すると認めることができる。

三  争点2(一)について

使用者の懲戒権の行使も客観的に合理的な理由を欠き、又は社会通念上相当として是認し得ない場合には、懲戒権の濫用として無効となると解される。

1  原告京力について

前提事実2記載のとおり、JR東海労結成以来被告及び原告らの所属するJR東海労とは労使関係をめぐる紛争が多発していたことは明らかであり、当日の行動も組合活動の一環としてなされたもので、騒擾行為とまでいうことはできないものの、暴力の行使は、いかなる場合も正当な組合活動とはいえない(労働組合法一条二項但し書き)こと、当日の行動が三〇名以上の組合員が早朝の職場に乱入し、約三〇分もの間、無抵抗の管理者らに対して暴行、暴言を働くという悪質なものであること、原告京力が前述のとおり、分会三役の一員であり、当日の行動において指導的立場にあったといえること、同じく分会三役である中﨑分会長(出勤停止三〇日)と比較しても暴行、暴言が悪質であること等の事情を考慮すれば、原告京力に処分歴がなく、勤務態度も平均的であるという原告京力主張の事実が認められるとしても、原告京力に対する本件解雇が、客観的に合理的な理由を欠き、又は社会通念上相当として是認し得ないとはいえず、懲戒権の濫用にはあたらないというべきである。

2  原告石川について

原告石川については、原告京力と同様分会三役の一員であり、当日の行動において指導的立場にあっただけでなく、自らが行った被告管理者らに対する暴言、暴行の程度を見れば、むしろ原告京力よりも悪質というべきであるから、原告石川には処分歴がなく、勤務成績が被告に評価されるものであったという主張事実が認められるとしても、原告石川に対する本件解雇が、客観的に合理的な理由を欠き、又は社会通念上相当として是認し得ないとはいえず、懲戒権の濫用にはあたらないというべきである。

四  争点2(二)について

原告らは、本件解雇がJR東海労を嫌悪し、不当労働行為意思に基づいてされたものである旨主張するところ、被告において平成三年八月一一日にJR東海労が結成されて以後、被告とJR東海労は必ずしも円滑な労使関係ではなく、被告がJR東海労の在(ママ)在やその組合活動を嫌悪していた可能性は否定できない。

しかし、仮に、被告がJR東海労を嫌悪していたことが認められても、そのことと本件解雇がそのような原告らの組合活動に対する嫌悪の故になされたものであるかどうかは別の問題であり、前記認定の原告らの懲戒解雇事由の重大性に鑑みれば、原告らがJR東海労に所属していなければ本件解雇がなされなかったであろうと認めることは困難である。

結局、本件解雇における被告の不当労働行為意思を認めることはできないから、本件各解雇が無効であるとの原告らの主張は採用できない。

五  争点2(三)について

原告らは、懲戒処分に当たっては、就業規則上何ら定めがない場合でも、被処分者に弁明の機会を与えることが最低限必要であり、些細な手続上の瑕疵があるに過ぎないものでない限り、適正手続違反として無効となる旨主張する。

しかし、本件解雇は、実体的には被告の就業規則に定める懲戒事由に基づいて正当になされており、就業規則や労働協約において、それ以上に手続的にも被処分者に弁明の機会を与えなければならない旨の定めはないのであるから、右手続きを履践しないことのみをもって重大な手続上の瑕疵があるものとして懲戒処分の効力を否定することはできないというべきである。この点に関する原告らの主張は理由がない。

以上のとおり、本件解雇には、原告らの主張する無効事由はいずれも認められないから、被告の従業員たる地位の確認及び賃金の支払を求める原告らの請求はいずれも理由がない。そして、原告京力は、平成五年九月一〇日に本件解雇によって被告の従業員たる地位を失っているから、それから六〇日を経過した同年一一月一〇日に本件社宅の明け渡す義務を負い、それ以降の占拠については、これによって被告の被った損害を賠償する義務がある。

六  争点3について

(証拠略)によれば、本件社宅を通常の賃貸借契約によって賃貸した場合、その相当賃料が一か月あたり六万円を下らないことが認められる。

しかし、社宅の場合、通常は企業がその従業員にのみ使用させることが予定されており、不法占拠がなくてもこれを他に賃貸して賃料を取得することはないから、特段の事情がない限り、不法占拠によって相当賃料額の損害が企業に発生するとはいえない。

そして、被告の従業員たる地位を失った原告京力が本件社宅を明け渡さないために被告が相当賃料額の損害を被ったとする特段の事情について主張・立証がなされていない以上、原告京力の不法占拠によって被告の被る損害は、本件社宅の使用料である一か月九七二〇円の限度でしかその発生が認められない。

したがって、原告京力は、本件解雇によって被告の従業員たる地位を失った平成五年九月一〇日から六〇日後である同年一一月一〇日以降は本件社宅を不法占拠していることになり、同日から平成一〇年八月末日までに被告が被った損害額は、社宅使用料の五七・七か月分にあたる五六万〇八四四円であり、同年九月以降は、一か月あたり社宅使用料である九七二〇円の割合による金員支払義務がある。

第四結論

よって、主文のとおり判決する。なお、本件社宅の明渡しに対する仮執行宣言は相当でないから、これを付さない。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 和田健)

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